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静岡地方裁判所浜松支部 昭和42年(ワ)284号 判決 1968年6月11日

原告

西尾善二郎

ほか一名

被告

谷内一好

主文

被告は

原告西尾善二郎に対し金壱百七拾七万四千六百五拾五円

原告西尾カズ子に対し金壱百六拾壱万四千弐百九拾円

及び右各金員に対する昭和四拾弐年拾月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告等その余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮にこれを執行することができる。

事実

第一、当事者双方の主張

原告訴訟代理人は、主文第二項と同旨及び「被告は、原告西尾善二郎に対し金三百七十七万四千六百五十五円原告西尾カズ子に対し金三百六十一万四千二百九十円及び右各金員に対する昭和四十二年十月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の陳述

(請求の原因)

一、被告は、車両の運転業務に従事している者であるが、昭和四十二年六月十九日午後四時二十分頃その保有にかかるコンクリートミキサー車を運転し、浜松市中野町四百八十六番地先国道一号線の交差点に北の道から進出して左折するに当り、その直前、交差点の手前で一時停車をした際、原告等の長女西尾伸子(九才)乗車の自転車が後方から自車運転席の左側方に進出して並び、一時停車するに至つたのを認めていたから、かかる場合、自動車運転者としては、右自転車の動静に注意を払い、その安全を確認して左折進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、確認しないまま右交差点に進入して左折した過失により、その際右自転車が同時位に発進して交差点に進入したのに気がつかず、これに自車の左側面を衝突させて、西尾伸子をその場に転倒させたうえ、同人を自車の左後輪で轢過し、よつて同人に頭蓋骨々折内臓破裂の傷害を負わせて、即死するに至らしめたものである。

二、本件事故により、原告側が蒙つた損害は、次のとおりである。

(一) 亡伸子の得べかりし利益の喪失

亡伸子は、死亡当時九才で、厚生省発表の第十回平均余命表による平均余命は、同女の場合六十二年七四である。しかして同女は、本件事故にあわなければ、二十才から五十五才までの間稼働することができ、その間女子としての平均賃金を得ることができたものをいうべきである。しかして、第十六回日本統計年鑑による女子の全国年令別平均賃金表(但し十人以上の事業所のもの)による平均賃金は、一カ月につき

(イ) 二十才から二十四才まで 金一万五千九百円

(ロ) 二十五才から二十九才まで 金一万七千六百円

(ハ) 三十才から三十四才まで 金一万八千六百円

(ニ) 三十五才から三十九才まで 金一万七千九百円

(ホ) 四十才から四十九才まで 金一万七千五百円

(ヘ) 五十才から五十五才まで 金一万七千四百円

であるから、同女の生活費としてその半額を控除し、純利得額につき、ホフマン式計算法により、死亡時の現在価額を算定するときは、前記各期間の分につき、それぞれ次のとおりとなる。

(イ)の期間の分 金二十八万九千六百二十二円

(ロ)の期間の分 金二十七万八千二百七十八円

(ハ)の期間の分 金二十五万九千八百十三円

(ニ)の期間の分 金二十二万三千九百四十二円

(ホ)の期間の分 金三十七万九千三百九十円

(ヘ)の期間の分 金十九万七千五百三十六円

計 金百六十二万八千五百八十一円

(二) 亡伸子自身の慰藉料

亡伸子が、本件事故により負傷し、死亡に至るまでの間に受けた精神上の苦痛並びに生命侵害によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金百五十万円をもつて相当とする。

右(一)及び(二)の損害賠償請求権は、原告両名において、各二分の一の割合により、これを相続したものである。

(三) 亡伸子の葬儀費等

右費用のため、原告善二郎において、金十六万三百六十五円を支出した。

(四) 原告両名に対する慰藉料

原告等には、長女亡伸子のほかに長男卓也(昭和三十四年六月二十五日生)があるが、右卓也は知能程度が低いため、将来の原告方の家政の維持処理は、亡伸子にさせるべく期待し、その育成に全力を傾注してきたところ、本件事故により、その期待は一挙に水泡に帰し、知能程度の低い卓也をかかえて、前途暗澹たる状態に陥つた。その精神的苦痛は、甚大なるものがあり、とうてい金銭に換算し難いのであるが、慰藉料としては、原告各自につき金三百万円をもつて相当とする。

三、以上のとおり、原告善二郎は、前記(一)及び(二)の損害の各二分の一並びに(三)(四)の損害以上合計金四百七十二万四千六百五十五円、原告カズ子は、前記(一)及び(二)の損害の各二分の一並びに(四)の損害以上合計金四百五十六万四千二百九十円の各賠償請求権を有するところ、その各元本に対し、自動車損害賠償保障法による給付として各金七十五万円、被告から各金二十万円の支払があつたので、いずれもこれを控除し、被告に対し原告善二郎は残金三百七十七万四千六百五十五円、原告カズ子は残金三百六十一万四千二百九十円及び右各金員に対する本件事故ののちである昭和四十二年十月六日以降完済に至るまで年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

原告等主張の一の事実は、これを認める。

原告等主張の二(一)の事実のうち、亡伸子の稼働可能の期間の点は否認する、その余の点は認める。

原告等は、亡伸子の逸失利益の算定に当り、五十五才まで稼働可能であるとしているが、共稼ぎ家庭が一般化しているといえない現状においては、亡伸子も、おそくも二十五才に達するまでには結婚し、その後は主婦として家事労働に従事するものというべきである。しかして家事労働は、通常収益を伴わないのであるから、亡伸子の稼働期間は、結婚までとなすべきである。したがつて原告等主張の(イ)の二十才から二十四才までの期間の分のみが同人の逸失利益である。

また伸子の死亡によつて、原告等は、その扶養義務者としてなすべき二十才に達するまでの間の生活費、教育費等の出捐を免れるのであるから、相続によつて亡伸子の逸失利益の賠償請求権を取得する限り、公平の原則上、右利益を逸失利益の損害から控除すべきである。

原告等主張の二(二)の事実のうち、慰藉料の数額の点はこれを争う。

原告等主張の二(三)の事実は、これを認める。

原告等主張の二(四)の事実のうち、原告等に長女伸子のほか長男卓也(その生年月日も、原告等主張のとおりである)があることは認めるが、その余の事実は知らない。慰藉料の数額の点はこれを争う。

原告等主張の三の事実のうち、自動車損害賠償保障法による給付並びに被告の支払に関する点は、これを認める。

(被告の、過失相殺の主張)

被告は、自身の過失はこれを認めるのであるが、亡西尾伸子においても、本件交差点における加害車両の左折指示(被告は、点滅による左折指示をしていた)その他の動静を確認して進行すべき義務があり、これを履行していたならば、本件事故は避けられたと思料する。この意味で亡伸子にも過失があつたものというべく、本件賠償額の算定に当り、右被害者の過失を斟酌すべきである。

(過失相殺の主張に対する原告等の答弁)

被告主張の事実は、これを争う。

第三、証拠関係 〔略〕

理由

一、原告等主張の一の事実(被告の不法行為、被告が本件加害自動車の保有者であること、亡伸子と原告等の身分関係)は、当事者間に争いがない。

被告は、「被害者西尾伸子においても、被告が左折の指示をしていたのに、右左折指示、その他加害車の動静を不注意によつて見落したかあるいはこれを認めながら、漫然進行した過失があり、賠償額の算定にあたり、右過失を斟酌すべきである」と主張する。

しかしながら被告自身も、捜査の段階で自認しているとおり、(〔証拠略〕)、(イ)被害者伸子が、本件交差点の手前で停止していることから、直ちに同人が横断するか、もしくは右折するものと推察しなければならず(左折の場合には、停止する必要がない)、(ロ)しかるときは、当然被告は右伸子の車と衝突する危険を認識しなければならないのと、(ハ)不注意にも、被害者伸子においてそのまま一時停止を続けているものと誤信した重大な過失があるのであるから、これと対比するときは、僅か九才の被害者伸子において被告の車両の左折指示、その他の動静に充分な注意を払わなかつたからといつて、賠償額の算定に当り、本件被害者の過失を斟酌することは、相当と認めがたい。

二、原告等主張の二(一)の事実(亡伸子の逸失利益)について、被告は、亡伸子が、おそくとも二十五才に達するまでには結婚し、その後は主婦として家事労働に従事し、右家事労働が通常収益を伴わない点から、同人の逸失利益を原告等主張の(イ)の二十才から二十四才までの期間の金二十八万九千六百二十二円に限定すべきであると主張する。

しかしながら主婦の家事労働に対し対価の支払のないのを一般とするからといつて、主婦として家事労働をなすことを得なくなつたことにつき、いわゆる物的損害なしとしないのであり、右物的損害は、原告等主張のごとき女子の年令別平均賃金によつて算定するのが相当である。しかして本件の場合、亡伸子は二十才から五十五才に至るまでの間稼働可能であると認むべく(そのうち二十五才までの期間については、被告の自白するところである)、右期間は、同人が家庭外にあつて稼働したと、はたまた主婦として家事労働に従事したとを問わず、通じて、原告等主張のとおりの平均賃金による利益を挙げ得たものと認めるのが相当である(亡伸子の平均余命女子の全国年令別平均賃金表による平均賃金が原告等主張のとおりであることは、被告の認めるところである)。

しかして亡伸子の生活費が原告等主張のとおりであることは、被告の自白するところであり、これを控除した純利得額につき、ホフマン式計算法により、同女の死亡時の現在額を算定すると、その数額が原告等主張のとおりであり、合計金百六十二万八千五百八十一円となることは、計数上明らかである。

被告は「原告等において、亡伸子の右逸失利益の賠償請求権を相続によつて取得する以上、原告等は、他方において扶養義務者としてなすべき二十才に達するまでの間の生活費教育費等の出捐を免れるのであるから、公平の原則上右免れた利益を前記損害から控除すべきである」と主張する。

しかしながら亡伸子の稼働期間中の生活費のほかに、被告主張のごとき扶養義務者としてなすべき二十才に達するまでの間の生活費や教育費等を控除することは、不法行為による損害賠償制度の目的や精神に合致せず、また公平の原則に沿う所以でもない。

原告等主張の二(二)について

亡伸子の、生命侵害によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、本件に現われた全資料によると、金百五十万円をもつて相当とする。

原告等主張の二(三)の事実(葬儀費等の額、その負担者)は、被告の自白するところである。

原告等主張の二(四)の事実関係は、原告善二郎本人尋問の結果によつて明らかであり(原告等に、亡伸子のほか、その主張のとおりの生年月日の長男卓也のあることは、被告の自認するところである)原告等が、本件事故によつて長女伸子を失つたことによる精神的苦痛は、まことに甚大なものというべく、その慰藉料は、原告各自につき金百万円をもつて相当とする。

三、原告両名が、自動車損害賠償保障法による給付並びに被告からの支払によつて、本件損害金の元本に対し、原告等主張のとおりの金員の交付を得たことは、当事者間に争がない。

以上説示したとおりであるから、原告両名の本訴請求は、原告等自身の慰藉料として各金三百万円を請求する部分のうち、金百万円を越える部分については理由がないけれども、その余はすべて理由がある。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条但書、仮執行の宣言について同法第百九十六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 片桐英才)

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